
うつ病で寝たきり状態になる理由とは?~回復へのステップ、家族ができるサポート
うつ病の症状が重くなり、寝たきり状態(=何もする気が起きず起き上がれない状態)になってしまうと、深い絶望感や孤独感にさいなまされてしまうかもしれません。しかし、この状態は決して「怠け」や「気の持ちよう」の問題ではなく、うつ病という病気がもたらす一つの症状です。
うつ病は、脳内の神経伝達物質の機能が低下することで起こる病気であり、誰にでも起こりうるものです。適切な治療やサポートを受けることで、回復への道筋は見えてきます。この記事では、うつ病による寝たきり状態の医学的理由、回復のステップ、家族のサポート方法、公的支援制度、そして回復事例まで、詳しく解説していきます。
この記事を読み終える頃には、「一人で悩まなくてもいいんだ」、「少しずつなら、できるかもしれない」と感じられると思います。どうか焦らず、ご自身のペースで読み進めてみてください。

医師
石飛信
国立大学医学部を卒業後、母校の精神科医局に入局。臨床医、研究職を経て、現在は単科精神科病院で勤務。医療ライターとして医療系記事の執筆も行っている。精神保健指定医、日本精神神経学会専門医・指導医、子どものこころ専門医、医学博士。
うつ病の寝たきり状態とは?~「怠け」ではなく「脳の機能低下」
うつ病で寝たきりになるのは、決して珍しいことではありません。うつ病の症状が重くなった段階で見られる症状の一つです(1)。これを意志の力だけで乗り越えようとしても、うまくいきません。なぜなら、脳の機能が著しく低下している状態だからです。
うつ病は脳の働きが低下している状態
私たちの脳の機能は、「セロトニン」や「ノルアドレナリン」など、気分や意欲、思考をコントロールする「神経伝達物質」によって維持されています。うつ病ではこれらの神経伝達物質の働きが低下し、脳が正常に機能しなくなることがわかっています(2)。
うつ病の症状と診断基準
うつ病は、気分の落ち込みや意欲の低下などの精神症状と、体のだるさや不眠などの身体症状が組み合わさってあらわれる病気です。診断は、症状の種類と持続期間を重視し、国際的な診断基準に基づいて行われます。ここでは、日本でもよく使われているアメリカ精神医学会の「DSM-5」の診断基準(3)をみていきましょう。
DSM-5によるうつ病診断基準
以下の9つの症状のうち、1)または2)を含む5つ以上の症状が、2週間以上毎日続いている場合にうつ病(大うつ病性障害)と診断されます。
②興味や喜びの著しい減退(普段楽しんでいたことが楽しめずやる気にならない)
③著しい体重減少または増加、または食欲の減退または増加
④不眠または過眠
⑤精神運動性の焦燥または制止(落ち着きがなくなる、または動作や話し方が遅くなる)
⑥易疲労性または気力の減退
⑦無価値感または過剰な罪悪感
⑧思考力や集中力の減退、または決断困難
⑨死についての反復思考、自殺念慮、または自殺企図
うつ病が重症化してくると、「起き上がる」、「着替える」、「話す」といった元気な頃ならごく当たり前にできていたことさえできなくなってしまい、以下のような具体的な症状がみられるようになります。
- 鉛のように体が重く、起き上がれない(鉛管様麻痺)
- 食事の準備や食べること自体がおっくうになる
- お風呂に入る、歯を磨くといった基本的な身の回りのことができない
- 言葉を発するのもおっくうで、人と話す気力もでない
- 常に強い疲労感や倦怠感が続く など
もしあなたがこのような状態にあるなら、それはあなたが「怠けている」からではなく、脳がSOSサインを出している証拠です。自分を責める必要は一切ありません。まずは「これは病気の症状なのだ」と認識することが、回復への大切な第一歩です。
寝たきり状態からの回復~焦らず進める4つのステップ
「寝たきりのような状態から、本当に抜け出せるのか?」と不安に思われるかもしれません。回復への道は、急な崖を登るようなものではなく、ゆるやかな坂道を一歩ずつ進むようなイメージです。焦らず医師や家族とともに治療を進めていくことが大切です。ここでは、回復までの道のりを4つのステップに分けてご紹介します。
【第1段階】安全な環境での休養
うつ病治療で最も大事なことは「十分な休養」です。この段階で最も大切なのは、出来るだけ何もしないで休養に徹することです。罪悪感を感じる必要はありません。治療に専念し、心と体を休ませることが最優先事項です。
そのうえで、 まずは心療内科や精神科を受診し、医師の診断を受けましょう。必要と判断されれば状態に合った薬物療法(抗うつ薬など)が開始されます。脳の神経伝達物質のバランスを整え、回復の土台を作るためですので、医師の指示通りに薬を服用することが重要です。効果を感じるまでには数週間かかることもありますので、自己判断で服薬を中断せず、不安な点は医師に相談しましょう。
【第2段階】最小限の活動開始
休養により脳のエネルギーが少しだけ充電されてきたら、ごくごく簡単な活動から始めてみましょう。コツは、「負担のない範囲で少しだけやってみること」です。例えば、気が向いた時にベッドから出てソファで音楽や映画を楽しんで過ごしてみるのも良いでしょう。
この段階では、「できた」日もあれば「できなかった」日もあります。できた日でも思いのほか疲れを感じることが多いです。できなかった日でも自分を責めず、「今日は休む日なんだな」と受け流すことが大切です。
【第3段階】日常生活動作の回復
少しずつ活動できる時間が増えてきたら、生活リズムを取り戻していくために身の回りのことに挑戦してみましょう。ここでも焦りは禁物です。短時間だけでもいいので、家の周りを少し歩いてみることで、気分転換になり、体力も少しずつ戻ってきます。洗濯物をたたむなど、短時間で終わる家事から手をつけるのもよいでしょう。
この段階で大切なのは、疲れすぎない程度に活動することです。活動した後にはしっかり休み、「動く→休む」のメリハリをつけたサイクルを意識しましょう。
【第4段階】社会復帰の準備
心身ともに安定しはじめ、日常生活を問題なく過ごせるようになれば次のステップを考え始めます。ただし、いきなり元の職場や環境に戻るのではなく、リハビリ期間を設けることが再発予防につながります。
外出の練習
図書館やカフェなど、短時間で過ごせる場所へ出かけてみましょう。人に会うのが辛ければ、人の少ない時間帯を選ぶなど工夫するのもよいでしょう。
リワークプログラムの利用
復職を目指す人のためのリハビリ施設(デイケア)です。同じような悩みを抱える仲間と交流しながら、生活リズムを整え、コミュニケーションスキルなどを回復させていくことができます。
復職に向けた環境調整
適切な復職のタイミングや無理のない働き方を考えていくことは、再発予防にとても重要です。主治医や人事担当者とじっくり相談しながら進めていきましょう。
家族や周りの人ができるサポートは?
うつ病は患者本人だけでなく、家族にとっても大きな負担となる病気です。しかし、家族の理解と適切なサポートは、患者の回復を支える大きな力となります。ここでは、うつ病患者の家族ができる対応とサポートについて、具体的なポイントをまとめます(4)。
まずは「病気」への正しい理解を
一番大切なのは、寝たきり状態が「本人の性格や意志の問題ではなく、病気の症状である」と理解することです。うつ病治療の基本は休養です。家事や仕事の負担を減らし、安心して休める環境を整えてください。また、治療には時間がかかることを理解し、焦らず回復を見守る姿勢が大切です。その上で、以下の3つの「しないこと」を心がけてください。
× 励まさない: 「頑張れ」「しっかりして」といった言葉は、エネルギーが枯渇している本人をさらに追い詰めます。「もう十分頑張っているのに…」と罪悪感を強めてしまいます。
× 比較しない: 「あの人はもっと大変なのに」「前はできていたのに」と他人や過去と比べるのはやめましょう。本人が一番苦しんでいます。
× 責めない: 「いつになったら良くなるの?」と回復を急かしたり、できないことを責めたりする言葉は、本人から安心感を奪います。
具体的なサポート方法
では、具体的にどうすれば良いのでしょうか。重要なのは「さりげない手助け」と「安心できる環境づくり」です。
環境を整える: 本人が過ごす部屋を清潔に保つ、消化の良い食事を用意しておく、薬を飲みやすいように準備するなど、安心して休める環境を整えましょう。
受診に付き添う: 一人で病院に行くのが難しい場合も多いです。付き添って、医師からの説明を一緒に聞くだけでも大きな支えになります。
ただ、そばにいる: 何か話したがっている様子なら、結論やアドバイスをせず、ただ「うん、うん」と話を聞いてあげる(傾聴する)だけで十分です。無理に話させようとせず、静かに同じ空間にいるだけでも、本人の孤独感は和らぎます。
ご家族自身のケアも忘れずに
支える側も、心身ともに疲弊してしまうことがあります。共倒れにならないよう、ご家族自身のケアも非常に重要です。愚痴を話せる友人を持つ、公的な相談窓口を利用するなど、一人で抱え込まないようにしてください。
一人で抱え込まないで。利用できる支援制度と専門機関を知ろう!
うつ病の治療には、経済的な不安や社会生活への不安がつきものです。これらは一人で解決できる問題ではありません。ここでは、経済的・医療的なサポートから復職支援、相談窓口まで、主要な制度と専門機関についてご紹介します(5)。
自立支援医療(精神通院医療)
精神科・心療内科への通院にかかる医療費や薬代の自己負担が、通常3割から1割に軽減される制度です。お住まいの市区町村の担当窓口で申請できます。
障害年金
病気やけがによって生活や仕事が制限される場合に受け取れる年金です。うつ病が原因で日常生活や就労に支障がある場合、障害年金(障害基礎年金・障害厚生年金)を受給できる可能性があります。お近くの年金事務所や主治医に相談してみましょう。
心療内科・精神科
治療のパートナーとなる大切な存在です。話をよく聞いてくれる、質問に丁寧に答えてくれる、治療方針を分かりやすく説明してくれるなど、信頼できると感じる医師を見つけることが重要です。精神科専門医、精神保健指定医の資格の有無は、標準的な治療ができるかどうかのひとつの判断材料となります。
相談窓口(保健所、精神保健福祉センター)
治療や生活に関する様々な相談ができます。ご本人だけでなく、ご家族からの相談も受け付けています。どこに相談していいか分からない時の最初の窓口として活用できます。
デイケア・リワーク施設
回復期に社会復帰を目指すためのリハビリ施設です。専門スタッフのサポートのもと、生活リズムの改善や対人スキルのトレーニングなどを行います。
回復した人の声と専門家からのメッセージ
回復された方の声(30代・女性)
長時間労働と職場の人間関係のストレスでうつ病を発症し、どんどん悪くなって気づいた頃には起き上がれない状態となり休職しました。3カ月間ほど寝たきりの状態が続き、『もう一生このままかも』と絶望感でいっぱいでした。でも、主治医の先生に『今は休むのがあなたの仕事です』と言われ、少し気持ちが楽になりました。
家族も、ただ黙ってそばにいてくれました。最初はベッドから起き上がるだけで精一杯でしたが、少しずつ散歩できるようになり、デイケアに通い始め、今は短時間ですが働けるようになりました。あの時の自分に『焦らなくていいよ、ちゃんと光は見えるよ』と伝えたいです。
専門医からのメッセージ
寝たきりの状態の時は、永遠に続くトンネルの中にいるような感覚になると思います。しかし、そのトンネルには必ず出口があります。適切な治療を続け、しっかりと休養すれば、時間はかかっても脳のエネルギーは必ず回復していきます。
大切なのは、自分を責めないこと、そして一人で抱え込まないことです。あなたが長いトンネルの中にいると感じた時は、専門家の力を頼ってください。
まとめ:最初の一歩を踏み出すために
この記事では、うつ病で寝たきり状態になる理由と、そこから回復するための具体的なステップについて解説しました。寝たきりはうつ病が重症化したときにみられる「症状」であり、あなたのせいではありません。回復の鍵は「十分な休養」と「焦らないこと」です。
家族や周りの人は、正しい病気の知識を持ったうえで本人を見守り、安心して休養できる環境を作ることが大切です。公的な支援や専門機関も、あなたとご家族の味方になってくれます。
もしあなたが今、長いトンネルの中にいると感じていても、希望を失わないでください。この記事を読んだことが、あなたの次の一歩につながれば幸いです。具体的なアクションとして、まずは以下のことから始めてみてはいかがでしょうか。
この記事を、信頼できるご家族やパートナーに見せてみる。
お住まいの地域の保健所や精神保健福祉センターに電話で相談してみる。
まだ医療機関を受診していない場合は、心療内科や精神科の予約を取る。
あなたの一歩を、心から応援しています。
参考文献
(1)うつ病とは – 原因、症状、治療方法などの解説 | すまいるナビゲーター | 大塚製薬
(2)うつ病発症に関わる神経伝達機能の異常を発見―うつ病の病態解明に大きな一歩― | 国立研究開発法人日本医療研究開発機構
(3)「日本うつ病学会治療ガイドライン Ⅱ.大うつ病性障害」
(4)家族や身近な皆さまに知っておいていただきたいこと | うつ病 | すまいるナビゲーター | 大塚製薬
(5)こころの耳:働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト