
うつ病で美容院に行くことが辛くなる医学的な理由と、対処法を専門家が解説。
「最近、気分が落ち込んでどこにも出かけたくない」、「整容に気を回せず頭もぼさぼさのままだ」、「以前はとても楽しみにしていた美容院に行くのも辛い」ーーこんなふうに外に出かけることに強い抵抗感を感じていませんか?こうした不調は、もしかしたらうつ病のサインかもしれません。
うつ病を経験すると「美容院に行くのがつらい」と感じるのは、決して特別なことではありません。うつ病では意欲・興味の低下、強い倦怠感などが長期間続き、外出や人前に出ることが大きな負担になります。日本人の約15人に1人が一生のうちにうつ病を経験するとされており、誰もがかかる可能性のある身近な病気です。
この記事では、うつ病の症状が美容院への外出を困難にする具体的な理由と、その対策について解説します。悩みを抱えるご本人やサポートするご家族に向けて、少しでも気持ちが軽くなるヒントをお届けします。

医師
石飛信
国立大学医学部を卒業後、母校の精神科医局に入局。臨床医、研究職を経て、現在は単科精神科病院で勤務。医療ライターとして医療系記事の執筆も行っている。精神保健指定医、日本精神神経学会専門医・指導医、子どものこころ専門医、医学博士。
うつ病で美容院に行きづらくなるのはよくある悩みです
うつ病は、抑うつ気分(気持ちの落ち込み)や意欲・興味の低下が長期間続き、日常生活や社会生活に大きな支障をきたす病気です[1]。日本人の約15人に1人が一生のうちにうつ病を経験するとされており、誰にでも起こりうる非常に身近な病気です。
うつ病では、意欲低下や倦怠感などの症状のため、普段は気軽にできていたことも出来なくなります。外出や人と接することが困難になることも多く、私も実際の診療場面で、普段何気なく通っていた美容院に行けなくなったとおっしゃる方を多く経験します。
うつ病は「気持ちの弱さ」から起きるものではなく、脳の機能障害による医学的な病気です。患者さん本人も理由が分からず苦しんでいるので、うつ病の正しい知識に基づいた周囲の理解やサポートが不可欠です。
うつ病で美容院に行くのが辛くなる医学的な理由
うつ病では、精神的症状だけではなく身体的症状もみられます[1]。症状の現れ方は人によって異なり、特にうつ病の初期ではこころの不調ではなく、体の不調が主体となって現れることもあります。
これらの症状のために、元気な頃には問題なく通えていた美容院に通うことが難しくなることがあります。
代表的な5つの精神的症状
抑うつ気分
気分が落ち込み、悲しい、憂うつな状態が一日中続く。
興味や喜びの喪失
これまで楽しめていたことが楽しめなくなる、何をしても楽しくない。
意欲の低下
何をするにもおっくうでやる気が出ない。
集中力・思考力の低下
仕事や家事でミスが増える、考えがまとまらない、物事の決断ができない。
自責感や無価値感
自分を責める気持ちが強くなる、自分には価値がないと感じる。
代表的な4つの身体的症状
睡眠障害
寝つきが悪くなり(入眠困難)、夜中や早朝に目が覚める(中途覚醒、早朝覚醒)など不眠が問題になることもあれば、寝すぎてしまう(過眠)こともある。
食欲や体重の変化
食欲が減る、もしくは増え、その結果体重が大きく変動する。
疲労感・倦怠感
休んでも疲れが取れない、体がだるい、生気がない。
頭痛や消化器症状
頭痛、めまい、胃の不快感、便秘や下痢など。
意欲低下と集中力の問題が与える影響
うつ病では、意欲・興味の低下、集中力・思考力の低下が現れます。例えば、何かをする気力がわかず整容にも気をつかえなくなったり、他人の話に集中できず会話が苦痛になったりします。
また、些細な外出や用事でも疲れやすくなるため、長時間じっと座って過ごすことが苦痛と感じる方もおられます。このため、美容院に行くこと自体が大きな負担となりえます。
併存する社交不安症が与える影響
社交不安症は「他人の注視を浴びるかもしれない状況下で生じる強い不安感」を主症状とし、うつ病と併存することがあります[2]。
うつ病だけでも気分の落ち込み・意欲低下・疲労感などで外出が難しくなりますが、社交不安症が加わると「他人の目がとても怖い」「美容師との会話に強い不安を感じる」「自分が恥をかいたり失敗するのではないか」という恐怖感が極端に増します。
このため、美容院という“他者と近い距離で接する空間”が強いストレスとなる可能性があります。
感覚過敏と環境への適応困難
うつ状態では、聴覚や視覚、嗅覚、触覚において刺激を過剰に感じる傾向が報告されています[3]。具体的には「話し声が大きく聞こえて辛い」、「蛍光灯の光が耐えられない」、「香水や整髪料のにおいで辛くなる」などがあげられます。美容院の明るい照明や独特のにおいなどが苦痛になり、ストレスが高まる可能性があります。
以上のようにうつ病の症状である意欲・興味の低下や倦怠感に加え、うつ病に併発しやすい社交不安症や感覚過敏などの問題により、美容院という特有の環境へ行くことのハードルが高くなると考えられます。
しんどい時でも美容院に行けるようにする工夫は?
体調の良い日を見極める方法
うつ病の症状は、典型例では朝の調子がいちばん悪く、午後から夕方にかけて改善してくることがよくあります(気分の日内変動)。このような場合、夕方頃に予約をとると辛さも軽減される可能性があります。
また、治療を開始して回復に向かっている時期には、三寒四温と称されるように、元気な頃のように動ける日と不調な日が入り混じることが多いです。「今日は調子が良いな」と感じる自分なりのサインが見つかれば、そのサインを頼りに美容院を予約するのもよいでしょう。
美容院選びのポイントと事前準備
慣れ親しんだ美容師や友人の美容師なら、うつ病による不調をありのまま説明すれば受け入れてくれるかもしれません。現在感じている辛さに可能な範囲で配慮してもらうことで、施術中に感じる辛さも幾分か軽減するかもしれません。
また、美容院までの移動だけでも思いのほか疲れますので、家族に送り迎えを頼んだり、短時間メニュー(例:一気にカラーリングまでせずカットだけで終わらせる)にしたりなどもよい方法かもしれません。
訪問理美容サービスの利用を検討してみる
訪問理美容サービスは、外出が困難な方の自宅や施設・病院などへ国家資格を持つ理容師や美容師が直接出向き、理美容サービスを提供する取り組みです。うつ病で外出が難しい場合でも、訪問理美容サービスは公的根拠に基づき利用することが可能です[4]。
支援の具体的内容や助成範囲、利用券制度等は各自治体で異なるため、事前に地域の福祉窓口・自治体ホームページをご確認ください。
家族や周囲のサポート方法
理解と共感を示すコミュニケーション方法
一番大切なのは、美容室にも行けない状態であることが「本人の性格や意志の問題ではなく、病気の症状である」と理解することです。「気分転換になるから外出しなさい」、「整容を保てないのはだらしがない」などと本人を責め立てたり、焦らせたりするのはよくありません。
うつ病治療の基本は休養です。家事や仕事の負担を減らし、安心して休める環境を整えてください。また、治療には時間がかかることを理解し、焦らず回復を見守る姿勢が大切です。
実際的なサポートの提案と実行方法
うつ状態にある時は、些細なことに対しても不安を感じますし、何かひとつ行動を起こすのにも多くのエネルギーを要します。美容院の情報収集や予約を代行してあげるなど、本人の負担を少しでも取り除くようにしてあげましょう。外出の際は、短距離の移動でも疲れやすいので、車で送迎してあげるのもよいでしょう。
医療機関へ受診する際も、思考力の低下から本人がうまく状況を説明できないことも多いです。本人に希望をきいたうえで、本人の状況をよく知る家族や知人が同行し、病状説明など受診の手助けをしてあげるのもよいでしょう。
専門医に相談すべきタイミングと一般的な治療経過
うつ病が疑われる症状が2週間以上続き、十分な休養を取っても改善しない場合は、できるだけ早く専門医(精神科・心療内科)に相談しましょう。気軽に美容院に行けなくなったというのも一つの症状といえます。特に、日常生活や社会生活に支障が出ている場合や、「死にたい」と感じるほどつらい場合は、早急な受診が必要です。
治療の進行とともに改善する可能性
「美容院にも行けないような状態から、本当に抜け出せるのか?」と不安に思われるかもしれません。回復への道は、ゆるやかな坂道を一歩ずつ進むようなイメージです。焦らず医師や家族とともに治療を進めていくことが大切です。以下、3つの段階にわけて解説します。
1.完全休養期間
うつ病の症状が強い間は、外出どころか身だしなみや最低限の家事も困難になります。「美容室に行きたい」「買い物に行かないと」と思っても、体がうごかず、予約や準備といった段取りすら非常に大きな負担に感じることが多いです。
この時期に大事なことは「出来るだけ何もしないで休養に徹すること」です。美容院に行くことができなくても罪悪感を感じる必要はありません。むしろ治療に専念し、自然に外出したいと思えるようになるまで、心と体を休ませることが大切です。
2. 回復初期(最小限の活動開始)
薬物治療や休養により、脳のエネルギーが少しだけ充電されてくると、「今日は少し動いてみようかな」という意欲が自然と出てきます。家の中でできる小さなこと(洗濯や簡単な食事の準備など)から始めるのがよいでしょう。
身だしなみを整えることや外出準備は依然として大きなハードルですが、無理のない範囲で短時間の散歩や、近所のコンビニへの買い物など“低負荷な外出”から徐々にチャレンジしてもよい頃でしょう。
3. 回復期(できることが増えていく段階)
家族の同伴やサポートを受けながら、少しずつ人とのコミュニケーションや社会の空気に慣れていきます。回復が進むにつれ、「もう少し外に出てみよう」「今日は遠くのスーパーに行ってみよう」「勇気を出して美容院まで行ってみよう」と、活動範囲が自然に広がっていきます。
急な「頑張りすぎ」や焦りは再発のもとになるため、調子が悪い日はしっかり休む、良い日はできたことを認めて自信にするなど、自己管理が重要です。
医師や心理士と連携した対処法
まずは主治医や心理士に「美容院に行くのが難しい」旨を遠慮なく相談しましょう。うつ病の治療段階に応じて、美容院に行けない理由や対処法を一緒に考えてくれるでしょう。例えば、予約当日になると不安感が強まるような方であれば、美容院に行く前に頓服薬(この場合は抗不安薬)を服用する方法もあります。
また、うつ病の治療において世界的に広く用いられている心理療法の一つに認知行動療法(CBT: Cognitive Behavioral Therapy)があります[4]。CBTでは、悲観的・否定的な考え方や行動パターンがうつ症状を悪化させている点に注目します。CBTにより、自分自身の思考や行動パターンに気づき、少しずつ考え方を変えていくことで、美容院へ行くことの不安を軽減できる可能性があります。
当メディアを運営するマインドバディでは、オンラインで認知行動療法を専門としたカウンセリングを提供しています。専門家に美容院に行けない理由や対処法を相談したい方や認知行動療法を試してみたい方は詳細を確認してみてください。
まとめ
うつ病で美容院に行けなくなるのは、ごく自然なことです。症状が強い時には「何もできなくなる」期間もありますが、それはあなたの意志が弱いせいではなく、病気の影響によるものです。美容院に行くことが“できなくても当たり前”と思い、まずは安心して心と体を休ませてください。
回復の過程では、無理のない範囲で小さな一歩からスタートすれば十分です。困った時は医師や家族のサポートを頼り、自分のペースで回復を目指しましょう。うつ病は適切な治療と周囲の理解があれば少しずつ改善します。焦らず、あなた自身を責めずに歩んでいきましょう。
参考文献
(1)うつ病とは – 原因、症状、治療方法などの解説 | すまいるナビゲーター | 大塚製薬
(2)社交不安症と抑うつ(精神神経学雑誌(2016)118巻7号
(3)Sensory processing in depression: Assessment and intervention perspective.Clin Psychol Psychother. 2022 Sep;29(5):1567-1579.
(4)理容師法施行令第4条第1号及び美容師法施行令第4条第1号に基づく 出張理容・出張美容の対象について.生食衛発0324第1号.
(5)認知行動療法(CBT)とは|認知行動療法センター(国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター)