強迫性障害の人が、過去のことを気にする理由とは?症状や対処法について専門医が詳しく解説
「あのとき失礼なことを言ってしまったかもしれない」「本当に鍵を閉めたか不安だ」「あの時の自分の行動で誰かに迷惑をかけていたらどうしよう」ーー「過去のことが頭から離れない」不安が何度も押し寄せ、繰り返し確認行為をせずにはいられない状態が続いていませんか?
こうした不調は、もしかしたら強迫性障害のサインかもしれません。強迫性障害は、誰にでも起こりうる身近な病気であり、脳の機能異常や不安への対処パターンが関係する「治療可能な病気」です。適切な支援を受けることで、過去へのとらわれを少しずつ手放していくことができます。
本記事では、強迫性障害の症状や対処法、医学的な治療方法まで、一般の方にも分かりやすく解説します。不安な気持ちに寄り添いながら、正しい知識と具体的な行動のヒントをお届けしますので、「もしかして…」と感じた方も、ぜひ最後までお読みください。

医師
石飛信
国立大学医学部を卒業後、母校の精神科医局に入局。臨床医、研究職を経て、現在は単科精神科病院で勤務。医療ライターとして医療系記事の執筆も行っている。精神保健指定医、日本精神神経学会専門医・指導医、子どものこころ専門医、医学博士。
強迫性障害とは?
強迫性障害は、「強迫観念」と「強迫行為」という2つの症状を中心とする精神疾患で、現在は診断名として「強迫症」と呼ばれます[1]。 強迫観念とは、本人も「おかしい」「やりすぎだ」と分かっていながら何度も頭に浮かんで離れない考えやイメージのことです。
強迫行為は、強迫観念から生じる不安や不快感を和らげるために繰り返してしまう行動を指します。自分で「やりすぎ」「無意味だ」とわかっていてもなかなかやめることが出来ません。

強迫性障害は思春期後半から成人初期に発症しやすく、成人ではおよそ40人に1人(2〜3%)程度にみられるとされ、決してまれな病気ではありません。 世界保健機関(WHO)の報告でも、社会生活への機能障害を引き起こす主要な疾患の一つとして位置づけられており、放置すると就労や家庭生活、学業など生活全般に長期的な影響が及ぶことが指摘されています。
明確な原因はまだ明らかになっていませんが、脳内の神経伝達物質の調節障害が影響していると言われています。薬物治療とあわせて、認知行動療法という精神療法も、強迫性障害に効果が高いことがわかってきています。気づかずに放置してしまうと、日常生活への影響が大きくなり、重症化してしまうこともあるため、無理せず早めに専門機関に相談するのがよいでしょう。
強迫性障害の特徴
強迫性障害では、「頭では分かっているのに不安が消えない」「確認しても安心感が長く続かない」という特徴的な悪循環が生じます。

例えば、「ガスの元栓を閉め忘れて火事になるかもしれない」という考え(強迫観念)が浮かび、不安をかき消すために何度もガス栓を触って確認する(強迫行為)ものの、確認を繰り返すほど「本当に確認したのか自信がなくなる」という状態に陥りやすくなります。
代表的な強迫観念と強迫行為[2]
不潔恐怖と洗浄
汚れや細菌汚染の恐怖から過剰に手洗い、入浴、洗濯をくりかえす、ドアノブや手すりなど不潔だと感じるものを恐れて、さわれない。
加害恐怖
誰かに危害を加えたかもしれないという不安がこころを離れず、新聞やテレビに事件・事故として出ていないか確認したり、警察や周囲の人に確認したりする。
確認行為
戸締まり、ガス栓、電気器具のスイッチを過剰に確認する(何度も確認する、じっと見張る、指差し確認する、手でさわって確認するなど)。
儀式行為
自分の決めた手順でものごとを行わないと、恐ろしいことが起きるという不安から、どんなときも同じ方法で仕事や家事をしなくてはならない。
数字へのこだわり
不吉な数字・幸運な数字に、縁起をかつぐというレベルを超えてこだわる。
物の配置、対称性などへのこだわり
物の配置に一定のこだわりがあり、必ずそうなっていないと不安になる。
強迫行為は一時的に不安を下げるものの、長期的には「不安を行為で解消しようとする習慣」を強めてしまい、仕事前の戸締まり確認に1時間以上かかる、過去の行動を何時間も頭の中で検証してしまうなど日常生活の大きな妨げとなります。
なりやすい性格傾向と合併しやすい疾患
強迫性障害は誰にでも起こり得ますが、几帳面で責任感が強い、完璧主義でミスを極端に嫌う、不確実な状態に耐えにくいといった性格傾向を持つ人は発症しやすいとされています。 特に「自分のせいで重大な結果が起きるのではないか」という責任感の高さや、「0か100か」で物事を捉えやすい認知特性が、強迫観念の内容や強さに影響していると考えられています[3]。

また、強迫性障害はうつ病や他の不安障害(パニック症、社交不安症など)と合併しやすく、生涯を通じて約3分の2の患者さんでうつ病を経験するという報告もあります[1]。 症状が長引くことで自己評価が下がり、「家族や職場に迷惑をかけている」「自分はダメな人間だ」といった考えが固定化し、うつ症状や希死念慮が強まることもあるため、早期発見・早期治療が重要です。
強迫性障害で過去のことを気にしてしまう理由
強迫性障害の中でも、「過去に自分が何か悪いことをしたのではないか」「昔の言動で誰かを傷つけたのではないか」といった強迫観念は、「加害恐怖」と呼ばれます。 加害恐怖では、具体的な出来事がなくても、「もしかすると、あのとき…」という曖昧な不安が何度も浮かび上がり、過去の記憶を繰り返し周囲に確認したり、過去の行動を何時間も思い返したりといった強迫行為が続きやすくなります。
背景には、「他人に害を与えることは絶対にあってはならない」「わずかな可能性でも見過ごすのは許されない」といった完璧主義的な価値観や、責任に対する過敏さが関係していると考えられています。
完璧主義的な思考
強迫性障害では、「ミスを絶対にしてはならない」「100%安全でなければ安心できない」といった完璧主義的な考え方が、不安と強迫行為の悪循環に繋がります。

例えば、「過去の発言が100%問題なかったと確信できるまで考え続ける」「一切の誤解が起きないように、何度も説明や謝罪を繰り返す」といった行動は、一見すると責任感が強いように見えますが、現実には「完全な安心」を追い求めて日常生活を圧迫してしまいます。
過度の責任感
「自分には他人に危害が及ぶのを防ぐ強い責任がある」「自分の不注意や考え一つで重大な被害が起こりうる」という“過度に肥大した責任感”をもつ人ほど、加害恐怖の症状が重いことが報告されています[4]。
加害強迫では、「過去に自分が何かした(しなかった)ことで、人が傷ついたのではないか」という“事後的な責任”の感じ方が極端になりやすく、「少しでも可能性がある限り、自分は責任を負うべきだ」というルールで自分を縛ってしまうことがあります。
過去を気にする時の対処法
ご自身でできる工夫として、まずは「頭の中で何度も過去を再生することも、強迫行為の一種である」と理解することが役立ちます。 「思い出そうとしないと気が済まない」「『大丈夫だったと確信できるまで考え続けたい」という衝動が湧いたとき、その場ですぐに応じるのではなく、「今は考えない時間を作る」「別の活動に注意を向ける」といった選択肢を取る練習が、有効な一歩になり得ます。
また、睡眠不足や過労、アルコールの飲み過ぎなどは不安や強迫症状を悪化させることがあるため、規則正しい生活リズムや適度な運動、休息時間の確保は基本的な土台になります。

ただし、自己流で「強迫行為を一切やめよう」と急に頑張りすぎると、かえって強い反動が出てしまうこともあるため、症状が生活に支障を来している場合は、早めに専門の医療機関で相談しながら治療を進めるのがよいでしょう。
強迫行為をしない練習
専門的な治療としてよく用いられる「曝露反応妨害法」は、不安を感じる場面にあえて直面しながら(曝露)、その後にいつも行っている強迫行為をしない(反応妨害)練習を繰り返す方法です。
例えば、「過去の失礼な発言を何度も思い返してしまう」人であれば、「その場面を意図的に思い出しつつも、『今日は考え直しを5分以内にとどめる』『家族に確認しない』といったルールを設定し、不安が自然に下がる経験を重ねていきます。
曝露反応妨害法は、多くの臨床研究で、強迫症状を改善することが示されており、国際的にも第一選択の治療として推奨されています。 診療ガイドライン[5]でも、曝露反応妨害を含む認知行動療法は、強迫性障害に対する有効な治療選択肢として位置づけられており、薬物療法と単独あるいは併用で用いられます。
確認・振り返りを我慢するコツ
確認や過去の振り返りを減らしていく際には、「一気にゼロにする」のではなく、「回数や時間を少しずつ減らす」「ルールを決めて守る」といった段階的なアプローチが現実的です。
例えば、「戸締まり確認は2回まで」「過去の会話を振り返るのは1日1回10分まで」といったルールを紙に書き、家族にも共有することで、自分だけで抱えこまずに取り組めます。
また、「確認した/していない」という記憶の自信のなさは、確認を繰り返すほど悪化しやすいため、「一つひとつの行為を丁寧に行い、その場で『今やった』と声に出す・メモを残す」といった工夫が、余計な再確認を減らす助けになることがあります。
ただし、こうしたセルフヘルプ的な工夫で十分な改善が得られない、あるいは「ルールを守れない自分」を責めてしまう場合は、専門家のサポートを受けながら取り組み方を調整していくことが重要です。
規則正しい生活とストレスケア
強迫性障害の症状は、ストレス負荷が高い時期や睡眠不足、生活リズムの乱れといった要因で悪化しやすいことが知られています。 そのため、規則正しい睡眠・食事・運動、適度な休養、ストレスの早期発散(誰かに相談する、趣味の時間を確保するなど)は、強迫症状への直接的な治療ではなくても、悪化を防ぎ治療効果を支える基盤として大切です。
アルコールや過度のカフェイン摂取は一時的に気分を変えてくれるように見えても、睡眠の質の低下や不安の増悪を招くことがあるため、量を控えめにすることが推奨されます。
専門医への相談を行う
強迫性障害は、誰もが生活の中で普通に行うこと(戸締まりや電気を消すなど)の延長線上にあります。

「自分は少し神経質なだけ」なのか、「ちょっとやりすぎているか」の判断は難しいところです。次のようなサインがある場合は、専門の医療機関に相談することが進められます。
日常生活や社会生活に影響が出ている
手洗いや火の元の確認に時間をとられすぎたり、玄関の鍵を確認しに何度も家に戻ったりする結果、仕事や約束の時間に遅れてしまうといった問題が生じます。また、慢性的に強い不安が続き、強迫行為にかけるエネルギーが大きい状態が続くと、心身が疲労して健全な日常生活が送りにくくなります。
家族や周囲の人が困っている
自分自身だけで不安が解消できない場合、家族に確認行為を何度も求めるようになったり、アルコール消毒を周囲の人に繰り返し強要したりすることがあります。周囲の人を強迫行為に巻き込むことで、人間関係がうまくいかなくなります。自分では「病気というほどひどいとは思わない」と感じていても、家族や友人など周囲の人が困っている様子なら、念のため受診を考えたほうがよいでしょう。
強迫性障害の治療法
日本のガイドラインでは、成人の強迫症に対する標準的な治療として、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)をはじめとする薬物療法と、曝露反応妨害法を含む認知行動療法が推奨されています。 SSRIは、脳内のセロトニンの働きを調整することで強迫症状を和らげる薬であり、適切な用量で一定期間継続することで、強迫観念や不安の程度を下げ、曝露反応妨害法などの心理療法に取り組みやすくする効果が期待されます。
行動療法(認知行動療法)
認知行動療法は、強迫症状を維持している考え方(認知)と行動のパターンに焦点を当て、それを少しずつ変えていくことで、不安や強迫行為を減らしていく治療です。 強迫性障害に対する認知行動療法では、とくに曝露反応妨害法が中心となります。「不安を引き起こす状況にあえて直面し、強迫行為をなるべくしない」練習を段階的に行っていきます。
加えて、「責任はすべて自分一人にある」「可能性がゼロでない限り、許されない」といった認知の歪みを一緒に検討し、「リスクはどの程度まで受け入れられるか」「他の人ならどう考えるか」など、より柔軟なものの見方を育てていきます。
当メディアを運営するマインドバディでは、オンラインで認知行動療法を専門としたカウンセリングを提供しています。曝露反応妨害法を行ってみたい方や認知の歪みを修正してみたい方は詳細を確認してみてください。
薬物療法
薬物療法では、抗うつ薬であるSSRI(フルボキサミン、パロキセチン、セルトラリン、エスシタロプラムなど)や三環系抗うつ薬(クロミプラミン)が主な選択肢となります。 これらの薬は、うつ病よりも高めの用量が必要になることが多く、効果発現までに数週間~数カ月間かかる場合もあるため、医師と相談しながら一定期間続けてみることが重要です。
一方で、薬物療法だけで強迫行為が大幅に減っても、「不安との付き合い方」「確認しないでいられる練習」を行わないと、ストレス状況で再燃しやすいことも報告されており、可能であれば心理療法との併用が推奨されます。
まとめ
過去のことが頭から離れず、「あのとき誰かを傷つけてしまったのでは」「本当に大丈夫だったと確信できない」と悩み続けるのは、決して「気にしすぎ」の一言では片づけられないつらさです。 もしその不安のせいで、仕事や家庭生活に支障が出ていたり、1日の多くの時間を確認や振り返りに費やしているのであれば、それは強迫性障害という病気のサインかもしれません。
強迫性障害は、脳の働きや不安への対処パターンが関係する「治療可能な病気」であり、薬物療法や認知行動療法など科学的根拠のある治療法が確立しています。 「こんなことで受診していいのだろうか」と迷う気持ちがあっても、ひとりで抱え込むより、まずは心療内科や精神科などで今の状況を率直に伝え、相談してみることが回復への大切な一歩になります。
参考文献
(1)強迫症 – 08. 精神疾患 – MSDマニュアル プロフェッショナル版
(2)強迫性障害|こころの情報サイト.国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所
(3)The effectiveness of exposure and response prevention combined with pharmacotherapy for obsessive-compulsive disorder: A systematic review and meta-analysis.Front Psychiatry. 2022 Sep 15;13:973838.
(4)Inflated perceptions of responsibility and obsessive-compulsive symptoms.Behav Res Ther. 1999 Apr;37(4):325-35.
(5)強迫症の診療ガイドライン.⽇本不安症学会 / ⽇本神経精神薬理学会 第1版 2025 年
