適応障害になるとLINEが返せなくなるのは何故?
日常生活の大切なコミュニケーション手段となったLINE。しかし、適応障害やうつ病になると、これまで当たり前のように続けてきたLINEのやりとりが著しく困難になることがあります。
なぜそのような状態が起きるのでしょうか。本記事では、その背景にあるメカニズムと周囲のサポートのあり方について専門医の知見を交えながら解説します。

医師
石飛信
国立大学医学部を卒業後、母校の精神科医局に入局。臨床医、研究職を経て、現在は単科精神科病院で勤務。医療ライターとして医療系記事の執筆も行っている。精神保健指定医、日本精神神経学会専門医・指導医、子どものこころ専門医、医学博士。
適応障害とは?
適応障害は、ストレス要因(過重労働、転職、異動、進学、家庭の問題など)がきっかけとなり、心身や行動面にさまざまな症状が現れる病気です[1]。
ストレスの原因が明確で、通常はそのストレスにさらされてから1〜3カ月以内に症状が出現し、日常生活や仕事、学業などに大きな支障をきたします。集中力や思考力、記憶力が低下し、「頭が働かない」と感じることが多くなります。

適応障害は、精神疾患の診断基準の一つである「DSM-5(精神疾患の診断・統計マニュアル第5版)」において、ストレス関連障害群の一つとして位置づけられています。その診断基準は、以下の要件を満たすこととされています。
- 特定のストレス要因への反応である: 仕事の異動、人間関係の変化、病気や災害など、明確なストレス要因が存在する。
- ストレス要因への不適応的な反応: ストレス要因に曝露されてから3か月以内に、症状が出現すること。また、その症状が、一般的なストレス反応の範囲を超えて、日常生活や社会生活に著しい支障をきたしている。
- 持続期間: ストレス要因が解消されると、通常6か月以内に症状が軽快する。
- 他の精神疾患(うつ病など)では説明できない。
適応障害の主な症状は?
適応障害を発症すると、普段は問題なくできていた仕事や学業、家事・育児への意欲や能率が著しく低下し、感情面では不安や気分の落ち込み、イライラ、焦燥感が現れます。
加えて、睡眠障害や食欲不振、身体症状(頭痛・腹痛・動悸など)もみられます。不登校や欠勤、突然泣き出す、無気力に陥る等の行動面の変化も時に見られます。

適応障害はストレス要因との関連性が非常に強いことが特徴です。ストレスの原因がなくなれば、症状も改善に向かう可能性が高いとされています。適応障害の症状は多岐にわたり、症状の現れ方はその人の考え方や置かれた環境、ストレスの大きさによって異なりますが、おおまかに、以下の3つのカテゴリーに分けられます。
身体症状
- 眠れない、もしくは寝過ぎてしまう
- 食欲がおちる、または逆に過食気味になる
- 胸がドキドキする
- 吐き気やめまいがする
- 体がふるえる
- 頭痛 など
精神症状
- 気分が落ち込む
- 不安で落ち着かない
- 神経質になる
- 焦ってばかりになる
- 意欲・興味が低下する
- 思考力・集中力が低下する など
行動面の症状
- お酒やタバコの量が増える
- 涙もろくなる
- 浪費が増える
- 周囲とのトラブルが増える
- 暴飲暴食が止められない
- ストレスが溜まりモノに当たる など
うつ病とは?
うつ病は、抑うつ気分(気持ちの落ち込み)や意欲・興味の低下が長期間続き、日常生活や社会生活に大きな支障をきたす病気です[2]。日本人の約15人に1人が一生のうちにうつ病を経験するとされており、誰にでも起こりうる非常に身近な病気です。

かつては「心のカゼ」と表現されることもありましたが、実際にはカゼのように自然に治ることは少なく、放置すると症状が悪化したり、長期化したりすることもあります。うつ病は、適切な治療とサポートが必要な病気であり、早期発見・早期治療によって回復が期待できる病気です。
うつ病の主な特徴・症状
うつ病では「精神的な症状」がイメージしやすいと思いますが、実はそれだけではなく、「身体的症状」もみられます。症状の現れ方は人によって異なり、特にうつ病の初期ではこころの不調ではなく、体の不調が主体となって現れることもあります。そのため、初期は本人も周囲も気づきにくいことも多いです。
精神的症状(5つ)
抑うつ気分
気分が落ち込み、悲しい、憂うつな状態が一日中続く。
興味や喜びの喪失
これまで楽しめていたことが楽しめなくなる、何をしても楽しくない。
意欲の低下
何をするにもおっくうでやる気が出ない。
集中力・思考力の低下
仕事や家事でミスが増える、考えがまとまらない、物事の決断ができない。
自責感や無価値感
自分を責める気持ちが強くなる、自分には価値がないと感じる。
身体的症状(4つ)
睡眠障害
寝つきが悪くなり(入眠困難)、夜中や早朝に目が覚める(中途覚醒、早朝覚醒)など不眠が問題になることもあれば、寝すぎてしまう(過眠)こともある。
食欲や体重の変化
食欲が減る、もしくは増え、その結果体重が大きく変動する。
疲労感・倦怠感
休んでも疲れが取れない、体がだるい、生気がない。
頭痛や消化器症状
頭痛、めまい、胃の不快感、便秘や下痢など。
適応障害とうつ病の違いは?
上記のように、適応障害とうつ病では同じような症状がみられますが、適応障害は明らかな出来事や環境変化が発症のきっかけであり、ストレス因が除去されれば多くは6か月以内に軽快します。
一方、うつ病は特定のきっかけがなくても発症し、ストレス因がなくなった後も症状が長期化する場合があります[2]。適応障害が長引くとうつ病へ移行するケースもあるので、適応障害と診断された場合でも後にうつ病に診断変更がなされることもあります。
適応障害やうつ病の人がLINEを返せない理由
適応障害やうつ病で、LINEなどのメッセージに返信できなくなる背景には、意欲・興味の低下や思考力・集中力の低下、心理的ストレスなど複数の要因が関係していると考えられます。
意欲・興味の低下
LINEのやりとりは「受信内容を理解→返信内容を考える→文章化して送信」という複数の作業を必要とします。健康なときには何気なくできていたこれらの作業も、意欲・興味の低下が強いときには、多くの精神的エネルギーを要します。

抑うつ気分や意欲低下により、簡単な返答でも極端に負担に感じ、実際に「返す気力が出ない」「読むだけで疲れる」と感じる場面が多くなります。
思考力・集中力の低下
注意力や思考力が低下すると、文字を読み取ったり、相手の意図を推測して適切な返信を考えたりする作業が難しくなり、誤字脱字や検討違いの返答が増える可能性があります。
特に、LINEのようなテキストベースのやりとりでは、表情や声の抑揚といった非言語的情報がないため、行間を理解した上での適切な返信スキルが求められます。このため、うつ病や適応障害の状態にあると、LINEの返信が大きな負担となり、「通知を見るだけで苦痛」、「やりとりすべきと分かっていても実行できない」と感じることがあります。
不安感や自己肯定感の低下
うつ病や適応障害の状態にあると、過度の不安や自責的思考が強まることがあります。「変な返信をして相手を怒らせたらどうしよう」「迷惑をかけたくない」などの考えがよぎって、短い返答やスタンプを送ることすらためらってしまうことがあるかもしれません。
このように、うつ病や適応障害の状態にある方がLINEを返せないのは、本人の怠慢や人間関係の拒絶からではなく、病気の症状によるものと考えられます。「今さら返信しても失礼では?」などの自責の念や不安感の高まりにより、ますます返信が難しくなるという悪循環に陥っている可能性も考えられます。
適応障害やうつ病の方とLINEをする際に心掛けること
うつ病や適応障害の状態にある方とLINEなどで連絡を取る際には、相手の心理状態や症状の程度、心理的負担を十分に考慮することが重要です。

返信ややりとりそのものが負担やストレスになる場合もあり、負担を極力減らしてあげる配慮が求められます。
本人のペースを尊重する
うつ病や適応障害では、集中力や意欲の低下、不安感から「すぐ返信できない」「やりとりが負担に感じる」ことがあります。返信を急かしたり、期待をかけすぎたりせず、返事が得られなくても「今は難しいのかもしれない」と受け止めることも大切です。
負担を軽減するため、「返事は不要」「気が向いたらで大丈夫」と伝えるのも有効な方法かもしれません。
簡潔なメッセージを心がける
長い文章や複雑な話題は、うつ病や適応障害の状態にある方にとって大きな負担となる場合があります。短く要点をまとめ、わかりやすい言葉遣いを心がけましょう。
共感・傾聴を心がける
「つらかったね」「大変だったね」など相手の感じたことに共感を示し、無理に状況を聞き出したり、本人の考えを否定したりしないことが大切です。
相手のことを思うあまり、過度に詮索したり、アドバイスをしたり、頻繁に連絡したりするのは控えましょう。「あなたのペースで大丈夫」「話したい時はいつでも聞くよ」と寄り添う姿勢を伝えると安心につながります。
病気の症状を理解したうえで、相手に極力負担をかけない配慮が安心してコミュニケーションできる雰囲気を作り、社会的な回復の後押しとなるでしょう。
まとめ
適応障害やうつ病によってLINEなどのコミュニケーションが困難になる背景には、心身の症状や心理的負担が深く関与しています。LINEの返信ができないとき、自分を責めたり、相手と距離を感じてしまうことがあるかもしれません。無理せず「今は心が休息を必要としているときだ」と考えて、できる範囲で焦らず一歩ずつ進んでいくのが大切です。
周囲ができる最大の支援は、本人のペースを尊重し、負担を強いない言葉掛けと安心感ある距離感を保つことです。「無理をしなくていい」「困った時はいつでも相談できる」などの温かく肯定的なメッセージが、何よりの支えになります。
参考文献
[1]適応障害|MSDマニュアル
[2]うつ病とは:ご存知ですか?うつ病|こころの耳:働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト